
「園庭で石を拾って口に入れてしまう」「タオルを噛んで、ほぐれた繊維を食べてしまう」「紙や砂など、食べ物ではないものを繰り返し口にする」。発達に特性のあるお子さまの保護者から、このような相談を受けることがあります。
こうした行動は、一般に「異食」と呼ばれます。しかし、異食は単なる癖やいたずらとは限りません。感覚の感じ方、発達の状況、行動が起こる環境、さらには栄養状態など、さまざまな要因が関係している可能性があります。
今回は、臨床発達心理学、小児医学、応用行動分析(ABA)の知見をもとに、異食が起こる背景と、安全に配慮した支援について考えてみたいと思います。
異食とはどのような行動なのでしょうか
異食とは、石、砂、土、紙、布、毛髪、プラスチックなど、本来食べ物ではないものを繰り返し食べる行動をいいます。
乳幼児期には、身の回りのものを口に入れて確かめる「口腔探索」が自然に見られます。そのため、小さなお子さまが一時的に物を口に入れること自体が、直ちに異常というわけではありません。
一方、発達の段階から考えて口腔探索だけでは説明しにくい時期になっても、石を飲み込んだり、タオルの繊維を繰り返し食べたりする場合には、注意が必要です。
医学的な診断では、食物ではないものを食べる行動が一定期間続いていることや、発達水準に照らして不適切であることなどを総合的に判断します。ただし、診断基準を満たしていなくても、誤飲や窒息の危険がある場合には、早めの対応が必要です。
発達特性と異食には関係があるのでしょうか
異食は、自閉スペクトラム症(ASD)や知的発達症のあるお子さまで比較的多く見られることが報告されています。
2021年に米国の小児科学専門誌『Pediatrics』に掲載された大規模研究では、30~68か月の幼児を対象に異食の頻度が調査されました。その結果、一般集団の3.5%に対して、ASDのある幼児では23.2%、ASDと知的障害を併存する幼児では28.1%、知的障害を伴わないASDの幼児でも14.0%に異食が報告されました。
これらは米国の特定の研究集団における結果ですが、発達特性と異食との関連を示す重要な知見です。
ただし、ASDがあるから必ず異食が起こるわけではなく、異食があるからASDであるということでもありません。大切なのは、お子さま一人ひとりの行動の背景を丁寧に理解することです。
なぜ食べ物ではないものを口にするのでしょうか
異食には、いくつかの要因が関係していると考えられています。
① 感覚刺激を求めている可能性
発達に特性のあるお子さまの中には、口の中の感覚や、噛んだときの刺激に強い関心を示す場合があります。
例えば、タオルを口に入れて噛むと、繊維がほぐれる感触や、舌に触れる独特の刺激が生じます。この感覚そのものが心地よく、繰り返し噛む行動につながっている可能性があります。
ABAでは、行動そのものから得られる感覚刺激によって行動が維持されることを「自動強化」と呼びます。
ただし、タオルを噛んでいるからといって、必ず感覚刺激が目的とは限りません。
② 気持ちを落ち着かせるための行動
待ち時間や活動の切り替え、不安を感じる場面などで、物を噛む行動が増えるお子さまもいます。
こうした行動が、本人にとって気持ちを落ち着かせたり、退屈な時間を過ごしたりする手段になっている可能性があります。
ただし、異食が起こる場面と、その行動が果たしている役割は必ずしも同じではありません。実際の状況を観察しながら、慎重に考えることが大切です。
③ 発達の段階との関連
発達の状況によっては、食べられるものと食べられないものの区別や、危険を予測する力が十分に育っていない場合があります。
また、物を口に入れて確かめる行動が、一般的な発達過程より長く続くこともあります。
この場合には、叱ってやめさせようとするのではなく、発達段階に応じて安全な行動を具体的に教えていくことが重要です。
④ 周囲の反応や環境との関連
物を口にしたときに大人が駆け寄ったり、活動が中断されたりすることが、その後の行動に影響する場合もあります。
また、遊びの選択肢が少ない場面や、長い待ち時間など、環境の状況が関係している可能性もあります。
ただし、こうした行動を単純に「注目してほしいから」「課題から逃げたいから」と判断することは適切ではありません。複数の要因が重なっている場合もあるためです。
見落としたくない「鉄不足」との関係
異食について考える際、医学的に重要なのが鉄欠乏との関連です。
鉄は、赤血球の働きだけでなく、成長や神経発達にも関係する大切な栄養素です。鉄が不足している場合に、土や紙などを食べる異食が見られることがあります。
2026年に米国小児科学会(AAP)が公表した小児の鉄欠乏に関する報告でも、異食は鉄欠乏を疑う症状の一つとして取り上げられています。
そのため、異食が繰り返される場合には、発達特性だけで説明するのではなく、小児科で食生活や健康状態について相談することが大切です。
医師の判断により、血液検査でヘモグロビンやフェリチンなどを調べる場合もあります。
ただし、異食のあるお子さま全員に鉄不足があるわけではありません。また、鉄を補充すれば必ず異食が改善するというものでもありません。自己判断で鉄剤やサプリメントを使用せず、医師と相談することが重要です。
石やタオルの繊維を食べることの危険性
異食への対応では、何よりもお子さまの安全を優先する必要があります。
石を口に入れる場合には、窒息や歯の損傷、消化管の傷害、腸閉塞などの危険があります。また、土や古い塗料片などを食べる場合には、有害物質への曝露も問題になります。
タオルの繊維についても、柔らかいから安全とは限りません。繰り返し飲み込むことで、消化管内に異物がたまり、健康上の問題につながる可能性があります。
特に、呼吸が苦しそう、声が出ない、顔色が悪いなどの窒息を疑う症状がある場合には、直ちに119番通報し、年齢に応じた窒息時の応急処置が必要です。
また、石などを飲み込んだ可能性がある場合は、症状がなくても医療機関に相談してください。腹痛、繰り返す嘔吐、お腹の張り、血便などが見られる場合には、速やかな受診が必要です。
療育では、行動の背景をどのように理解するのでしょうか
安全を確保したうえで大切になるのが、異食が「いつ、どこで、どのような状況で起こるのか」を観察することです。
ABAでは、行動の前後関係を整理するために「ABC記録」という方法を用いることがあります。
例えば、自由遊びの時間にタオルを噛む場合には、次のように整理します。
A:行動の直前 遊びが終わり、次の活動まで待っている。
B:行動 タオルを口に入れ、繊維を噛もうとする。
C:行動の直後 大人が声を掛け、タオルを安全な場所に移す。
こうした記録を重ねることで、「待ち時間に多い」「特定の布だけを噛む」「課題が始まると増える」など、行動の特徴が見えてくることがあります。
さらに、行動の頻度や場所、対象物、飲み込んだ可能性なども記録すると、支援方法を考える際に役立ちます。
ただし、ABC記録だけで行動の原因を確定できるわけではありません。観察から得られた情報をもとに仮説を立て、必要に応じて専門家と協力して評価することが重要です。
異食を減らすためにできる支援
異食への支援では、「環境調整」「安全な代替行動」「適切な行動を増やす働きかけ」を組み合わせることが基本となります。
① 安全な環境を整える
まず、口に入れる危険のあるものを手の届く場所から減らします。
石を拾いやすい場所では大人が近くで見守り、タオルの繊維を食べる場合には、ほつれにくい素材への変更などを検討します。
危険なものに触れる機会を減らすことは、行動を理解する取り組みと同時に進める必要があります。
② 安全な代替行動を教える
例えば、石を見つけたときに食べるのではなく、「先生に知らせる」「石には触れずに別の遊びを選ぶ」といった行動を教える方法があります。
また、噛む感覚を求めている可能性がある場合には、専門家と相談しながら、安全性を確認した代替活動を検討します。
ただし、咀嚼用具なども誤飲や破損の危険がないとは限りません。年齢や発達段階に適したものを選び、使用中は見守ることが大切です。
③ 望ましい行動を増やす
ABAでは、望ましい行動が起きたときに、その行動が増えるよう働きかける「分化強化」という方法があります。
例えば、石を口に入れずに遊べたときや、危険なものを見つけて大人に知らせられたときに、具体的にほめたり、楽しい活動につなげたりします。
こうした成功体験を積み重ねることで、安全な行動を身につけていくことを目指します。
④ 生活の中の楽しみや活動を増やす
手持ち無沙汰な時間に異食が増える場合には、好きな遊びを用意したり、待ち時間を短くしたりすることも有効な場合があります。
ただし、これらの方法はすべてのお子さまに同じように効果があるわけではありません。行動の背景や発達の状況に応じて、支援を調整することが大切です。
なお、危険な異食に対する反応妨害や専門的な行動介入については、十分な安全対策のもと、専門家の助言を受けながら実施する必要があります。
ご家庭で大切にしていただきたいこと
異食が見られると、保護者の方は驚いたり、不安になったりすることと思います。
しかし、強く叱ることだけで解決しようとすると、お子さまが混乱したり、行動の背景が分かりにくくなったりすることがあります。
まずは危険なものを身近に置かないこと、屋外では十分に見守ること、そして、いつ、何を、どのような場面で口にしたのかを記録しておくことが大切です。
口に入れているものを安全に取り出せる状況であれば、落ち着いた声掛けで吐き出すよう促します。ただし、無理に口の中へ指を入れて取り出そうとすると、かえって奥に押し込んでしまう危険があります。
繰り返し飲み込んでいる場合には、家庭だけで対応しようとせず、小児科や発達支援の専門家に相談してください。
おわりに ― 行動の背景を理解し、安全な「できた!」を増やす
異食は、周囲から見ると不思議な行動に感じられるかもしれません。しかし、その背景には、感覚の感じ方、発達の状況、環境との関係、身体的な要因など、さまざまな理由が隠れている可能性があります。
大切なのは、単に「やめさせること」だけを目標にするのではなく、安全を確保しながら、なぜその行動が起こるのかを丁寧に理解することです。
そして、お子さまが安心して過ごせる環境を整え、安全な行動を一つずつ身につけられるよう支援していくことが、長期的な成長につながると考えています。
私たちは、子どもたちの行動を表面的に捉えるのではなく、その背景にある発達や心身の状態にも目を向けながら、一人ひとりに合った支援を大切にしていきたいと思います。








